エコノミークラス症候群
公開日: : 循環器科
エコノミークラス症候群とは?
エコノミークラス症候群は、旅行に関連して発症した「深部静脈血栓症」および「肺血栓塞栓症」と定義されています。これらは、「静脈血栓塞栓症」としてひとつの連続した病態と捉えていることから、エコノミークラス症候群は、『航空機利用に伴って生じた静脈血栓塞栓症(急性肺血栓塞栓症)』をさす名称になります。
航空機内は低湿度なため脱水になりやすく、また、座席の狭いエコノミークラスの乗客に発症が多くみられたことから、この名称でよばれるようになりましたが、ビジネスクラスやファーストクラスの乗客や、長時間の移動の場合には航空機に限らず電車や自動車、バス、船舶などでも起こり得るため、『旅行者血栓症(traveller's thrombosis)』と表現するのが正しいととされています。
また近年、地震などの災害において、避難所生活や車中泊避難による静脈血栓塞栓症(急性肺血栓塞栓症)の発症、およびその死亡事例が、いわゆる『エコノミークラス症候群』として報道され、災害との関連が広く知られるようになっています。避難場所で足を伸ばせない窮屈な姿勢の持続が深部静脈血栓症の誘発につながります。
静脈血栓塞栓症(急性肺血栓塞栓症)の原因
一般に、静脈血栓ができる原因には3つの要因が関与していると考えられています。また、危険因子があると、静脈血栓塞栓症(急性肺血栓塞栓症)になりやすいといわれています。
静脈血栓ができる3つの要因
血流停滞(静脈の血液の流れがよどんでいる場合)
血液の循環は、歩行などの運動により良くなります。しかし、長時間椅子に座って足を動かさない場合や、腫瘍による圧迫、妊娠時の腹部静脈圧迫などがある場合は血液の流れが悪くなり血栓ができやすくなります。
血管内皮障害(静脈の血管が傷ついた場合)
血液は異物に触れると固まる性質を持っているため、血管がなんらかの原因で傷つくと、血管内皮の膜がこわれ、血液が異物と接触して血栓ができます。外傷や骨折により血管内皮が障害を受けた場合やカテーテルを長期間留置する場合などには血栓ができやすくなります。
血液凝固能亢進(血液が固まりやすい体質を持っている場合)
先天性血栓性素因(アンチトロンビン欠乏症、プロテインC欠乏症、プロテインS欠乏症など)、あるいは、後天性血栓性素因(抗リン脂質抗体症候群、脱水、エストロゲンや経口避妊薬といった薬剤など)により、血液が普通の人と比較して固まりやすい体質がある場合は血栓ができやすくなります。
静脈血栓塞栓症(急性肺血栓塞栓症)になりやすい人
低危険因子
40歳以上、肥満、糖尿病、高脂血症、3日以内に受けた小外科手術(内視鏡的・肛門外科・皮膚科・眼科手術など)など
中等度危険因子
下肢静脈瘤、心不全、6週間以内に発症した急性心筋梗塞、経口避妊約を含むホルモン療法、真性多血症、妊娠・出産直後、下肢の麻痺、6週間以内に受けた下肢の手術・外傷・骨折など
高危険因子
深部静脈血栓症・急性肺動脈血栓塞栓症の既往歴あるいは家族歴、先天性血栓形成素因、6週間以内に受けた大手術(脳外科・心臓外科・整形外科・泌尿器科手術など)、悪性腫瘍など
静脈血栓塞栓症(急性肺血栓塞栓症)にみられる症状
静脈血栓塞栓症(急性肺血栓塞栓症)に特異的な症状はありませんが、主要なものとして呼吸困難と胸痛があり、特に呼吸困難は高頻度に認められます。その他、湿疹や冷汗といったショック症状、血圧低下などが出現する場合もあります。臨床症状の程度も、無症状なものから突然死をきたすものまでさまざまです。発症後は急速な対処が必要になりますが、診断・治療はもちろんのこと、なにより発症を予防することが大切です。
静脈血栓塞栓症(急性肺血栓塞栓症)の予防方法
静脈血栓塞栓症(急性肺血栓塞栓症)は、旅行時の長時間移動だけでなく、災害や避難生活による環境下においても発症しやすくなると指摘されていることから、予防のため知識を心得ておくことが重要です。
具体的な予防方法
(1) 早期歩行および積極的な運動
予防の基本は、歩行と運動です。歩行は足を積極的に動かすことによりふくらはぎのポンプ機能を活性化させ、下肢静脈のうっ滞を減少させます。歩行が困難な場合は、足を上下に動かす、あるいはマッサージをするなど足の運動をおこなうことも有効です。
(2) 弾性ストッキング
足首部分の圧迫圧が最も高く、上に行くにしたがって低くなるように段階的に編み込まれたストッキングで、静脈血が心臓方向へ還流されやすくなるように工夫されています。ふくらはぎを圧迫して静脈の総断面積を減少させることにより、静脈の血流速度を増加させ、下肢静脈のうっ滞を減少させます。出血などの合併症がなく、簡易で値段も比較的安いという利点がありますが、強いくいこみによる血行障害には注意が必要です。
弾性ストッキングにはいくつか種類があり、膝下までの長さのハイソックスタイプ、ふとももまでの長さがあるストッキングタイプおよびパンストタイプがあります。一般的には、ハイソックスタイプが第一選択となり、膝部静脈瘤がある場合はストッキングタイプ、パンストタイプのほうがよいといわれています。
(3) 間欠的空気圧迫法
ポンプとカフで構成された装置を用いて下肢静脈のうっ滞を減少させる方法です。ポンプから間欠的に空気を送り込み、下肢に巻いたカフを圧迫することで静脈血還流を促進させます。弾性ストッキングよりも効果が高く、特に出血の危険が高い場合に有用です。ただし、深部静脈血栓症発症例における使用は、肺血栓塞栓症を誘発する可能性があります。
(4) 抗凝固療法
抗凝固薬を用いた薬物的予防法です。使用される薬剤には下記のようなものがあります。抗凝固薬には出血の副作用が報告されているため、使用する際は出血リスクに注意が必要です。
種類 | 薬剤 | 投与方法 | 特徴 |
---|---|---|---|
低用量未分化ヘパリン |
ヘパリンNa ヘパリンCa |
8時間又は12時間毎に未分画ヘパリン5000単位を皮下注 |
・簡単で安価 ・長期予防必要時は、ワルファリンに切替を考慮 |
用量調節ヘパリン | 最初に約3500単位の未分画ヘパリンを皮下注、投与4時間後の活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)が目標値となるように8時間毎に未分画ヘパリンを前回投与量±500単位で皮下注 |
・APTTを調節して、より効果を確実にする方法 ・方法が煩雑 |
|
用量調節ワルファリン | ワーファリン | ワルファリンを内服し、プロトロンビ時間の国際標準化比(PT-INR)が1.5-2.5となるように調節 |
・安価で経口薬 ・効果発現に数日を要する |
低分子ヘパリン | クレキサン | 2000単位を1日2回皮下注 |
・作用に個人差が少ない ・欧米では予防薬の中心 |
合成Xa阻害薬 | アリクストラ | 2.5mgを1日1回皮下注(1.5mgと2.5mg製剤のみ) | |
直接Xa阻害薬 | リクシアナ | 30mgを1日1回経口投与 | ・経口薬 |
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